尊光寺について
尊光寺は浄土真宗本願寺派に所属するお寺です。現在の住職は第15代目となります。お寺の北には緑豊かな山が連なり、ハイキングコースがあります。
南には車で約5分の所に的形海水浴場や播磨灘を一望できる木庭山(小赤壁)があり、自然豊かな場所にあります。
寺の前山門は、姫路藩家老「河合寸翁」の私学校仁寿山校より移築したものでした。老朽化のため現在は、瓦のみ残っています。その頃は歴史探訪の方々がよくお見えになりました。
歴史
○1524年(大永4年)
室町時代後期 医師 釋 了山が初代住職となり開基する。
江戸時代中期 本願寺より木阿弥陀如来像を下賜され、念仏道場の中心として守り伝えられる。
○1873年(明治5年)本堂改築と山門の移設。
※仁寿山校より門を尊光寺山門として移築する。
※仁寿山校 幕末の頃 姫路藩家老として木綿や塩の専売制、港湾の整備、教育場(仁寿山校・申義堂)の建設など様々な改革を行い藩の財政を立て直した「河合寸翁」の私学校。
※「河合寸翁」・・名は「河合道臣」。藩主酒井忠道に強く望まれ「諸方勝手掛(しょほうかってかかり)」として藩財政の全責任を任される。
ごあいさつ
このランディングページをご覧頂き、ありがとうございます。私は、第15代住職としてこの尊光寺を預かる釋 隆浩(幸森 隆浩)と申します。この尊光寺は先にも述べましたが、1524年に開基されてから現在まで約500年の間、歴代の御門徒、住職、寺族が聞法の道場として護って来られたものです。
寺には江戸時代からの過去帳(逝去された方々の法名や俗名が記されているもの)が現存しています。ページを繰りながら改めて、この方々が命をつなぎ、そして今の私があることを思わずにはいられません。私が36歳の時、父がこんな事を申しました。「私が70歳になったら、住職代替わりの手続きをするので、そのつもりでいなさい。」と。突然のことで思わず「まだ早いから、、、。」と 私。しかし、父は「3年後私がこの世にいるかどうか、逆にお前が生きているかどうか分からんことは、白骨の御文章の通り。」と申しました。これはみ教えに基づく生死観、そして僧侶としての覚悟を伝えられたように思います。
ご縁の深い方との別れは、言葉にできない悲しみがあります。残された者が、この命をどういただき、歩んでいくのか。生きる意味を問いながら皆様とともに歩んでいくお寺でありたいと思っています。
寺院の特色
出張葬儀 | 寺院葬 | 永代供養 | 墓地 |
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祈祷 | 樹木葬 | ペット供養 | 水子供養 |
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専用会館 | 駐車場 | バリアフリー | その他 |
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